小説批評 ―精密採点books―

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『Iの悲劇』 米沢穂信 68点

 『Iの悲劇』2019年出版。限界集落に移住者を呼び込むために働く”甦り課” に勤める市役所職員の主人公が、移住者たちに起きる謎やトラブルを解決する日常の謎系連作短篇ミステリー。

 所謂日常の謎を扱うミステリ、小さな謎が繋がっていく、ビターエンドを迎えるというのは『氷菓』や『本と鍵の季節』で見られるようなお決まりの米沢穂信の作風と言えるだろう。

 流石に登場人物のキャラクターを立てるのも上手く、甦り科の面々の3人、いかにも公務員といったかんじの主人公万願寺や、やる気がなく昼行灯のような風体の上司の西野、いかにも元気のいい軽い若者といった感じの新人の遊香(このキャラは『二人の距離の概算』の大日向を連想させる)、一癖もふた癖もある移住する住民たちは魅力に富み(これが本作の大きな評価点である)、暗いストーリを感じさせない遊香と万願寺の軽妙な掛け合いは流石実力派作家といったものがある。

 しかしながら、米沢作品の常とも言えるが連作短編である以上、一つ一つの謎がミステリとしては弱く(鯉の消失の章などは顕著)、また、滅びゆく地方都市という題材にしては雰囲気や文章が軽く、学生を主人公とした作品にはあっていても、本作とのテーマとの齟齬があるように感じた。(『ボルトネック』などでは北陸の陰鬱な空気感を上手く表現できていたのが……)

 タイトルは名作古典ミステリ『Yの悲劇』のパロディであり、文中のそして誰もいなくなった。などもアガサ・クリスティを意識しているのであろうが、本作のトリックの弱さは拭いきれない。

 総評としてはトリックの弱さをキャラクターで補った、良くも悪くもいつもの米沢穂信といった感じであろうか。米沢は連作短編ではなく、本格ミステリ『満願』や『折れた竜骨』など長編ミステリも傑作があるので、二作続けての連作短編ではなく、そろそろ長編を書いてもらいたい。

 やはり、現代ではアニメやライトノベルなどキャラクター性が重視される創作物が流行している背景もあり、ミステリもキャラクター性というものがストーリーよりも重視されるということなのだろか。